外は少し寒くて、星は空高くで光る。



*あいだ





今日も遅くなってしまった。


「ちょっと暗いけど怖くない怖くない!!」


最近結構遅く帰ることがあっても、相変わらず慣れない。
『おばけなんてないさ』を歌い始めたら、


「よっす!!」
「んぎゃああぁぁぁあ!!」


誰かに突然声を掛けられた。慌てて振り向いたら耳を押さえる山本君の姿。


「元気だなー」
「や、山本君!!な、ななな、なんで!!!」
「なんでって、普通に部活帰りだけど…」


忘れてた…。右腕が治った山本君は無事野球部に復帰してたんだった。
いや、そんなことじゃない、夜道でいきなり話しかけるのはやめて欲しい。
別に歌ってるのが恥ずかしかったからとかじゃない、
歌ってたのが『おばけなんてないさ』っていうのが恥ずかしい訳じゃない!!
心構えをしてなかったからってわけでもない!!


「お前お化け嫌いなの?」


聞かれてるし!


「き、ききき、嫌いじゃないよ!!寝ぼけた人が見間違えただけだよ!!」
「あぁ、そーなのなー」


わぁ、聞いてないー、話聞いてないー!
よっぽど怒ってるように見えたのだろう、山本君は「ごめんごめん」と笑った。


「俺もいきなり後ろから話しかけて悪かったよ。」


爽やかに笑われるともう何も言えない。
卑怯だ。
割と根暗な女子中学生にそんなことをいわれたらもう何も言えない。
山本武、どうしてこんな爽やかな中学生が存在するのか。
私がきっと睨むと山本君は首を傾げて見せた。
何か勘違いしたらしい、再び口を開く。


「驚くかなーと思ってさ」
「そりゃあ驚くよ!」
「でもそんなに照れる事じゃないだろー」
「探偵がお化け嫌いだなんて恥ずかしいじゃん」
「探偵だって嫌いなものあるだろー」
「うーん、だからそういうことじゃなくて!」


というか、何普通に会話を続けてるんだ私は。


「いいよ、もう帰るよ。帰ろう」


歩き始めると自然と山本君が横に並ぶ。


「お前、こっち?俺も。途中まで一緒に行こうぜ。」


ああ、山本君。
それは他の女子にもやってるのかい?
だったら即行やめたほうがいい。
普通の女の子なら割と好きになってしまうと思うんだ。
私は探偵だから大丈夫だけどね。


山本君はいつだってそうだ。
目の前の人をそのまま受け入れるし、いつも自然で、目の前の人を認めて。
いつもそうだ。
四月、私が自己紹介で「探偵になりたいです!」と自己紹介したときもクラスの温度は確実に下がったのに
山本君だけが「おもしれー!!」と笑ってくれた。
それでクラスのみんなも私の言葉を受け入れて、笑ってくれたんだ。
その瞬間は、とても嬉しくて嬉しくて、今思い出しても変わらず頬が緩んでしまう。


そこまで思い出してから気付く。


…あれ!なんかこれじゃ好きみたいじゃん!!
べ、べべべ、別に好きなんかじゃないから!!
ただ、ちょっとその対応が嬉しかっただけだから!!
あと、いろんな人に優しいなぁ、とか、探偵としての当たり前の捜査をしただけだから!!
ちょっと情報収集してただけだから!!


「なあ、いっつもこんな遅くまで残ってるのかー?」
「え!!??う、ううん、今日は偶々だよ。」


落ち着け、落ち着け。
いつだって冷静であれ、それは探偵の条件だ。


「そうなんだ?」
「うん、今日はどうしても続きが気になったから読んじゃったんだ」


これ、と鞄の中の本を出してみせると山本君はタイトルを確認してからふうん、と頷いた。


「お前推理小説好きだよなー」
「うん、探偵の必須条件だからね!」
「そうなのか?」


山本君は目を開いて驚いて見せた。


「そうだよー、読みながら推理するんだよ。修行だね」
「そっかー、すげぇな」


山本君に言われた言葉に思わず山本君を見る。


「ほら、おれ馬鹿だからさ、本とか全然読まないしなー」


山本君に言われた言葉に驚いて私は思わず目を開いた。



「本は日本語を知ってれば誰でも読めるんだよ」
私はなぜだか、自分をすごいと少しも感じられなかった。
せっかく山本君に褒められたのに。


「それに成績だって少しもよくないしさ。」


ああ、今度はきっと山本君がびっくりしてる。


「それに比べて山本君は野球だって上手いし、クラスのムードメーカーだしいつも弱い人とかさりげなく庇うし」


私はなるべく何気ないように何気ないように、そう言う。


「だから、すごくない、すごいのは山本君でしょ」


でも、不意に口から出たその結論に私自身が思わずびっくりして山本君を見る。
山本君はもっとびっくりしている。
だけど、彼は本当に中学生とは思えないほど大人だ。
小首を傾げ、そして少し笑って、言った。


「さんきゅ」


…普通ならよく知らない人にそんなこと言われたら気持ち悪いとか思うんじゃないだろうか。
なのに彼はそう言って笑って見せた。
本当に、どうして、こんなに彼は性格が良いんだろうか。
私は今度は別の意味で泣きたくなる。
たぶん山本君をとても遠くに感じたからだろう。


「ほら、早く帰ろうぜ、腹減った」


そう言って彼は笑う。

私は頷いて横に並ぶ。
それは今はなんとなく居心地が悪いものに感じられた。